気付いたら、そこは真っ暗だった。光源は何処にもなくて、数センチ先すらも黒いだけなのに、何故か自分の体だけははっきり見えた。
ぱたぱたと体を触って確認すれば、手も足もちゃんとある。胸だって減ってなかった。
いや、なんで胸なんか確認したのかわからないけど。でも安心した。
「で?」
誰に言うわけでもなく呟いた声は闇に攫われる。周囲の状況が分からないので一歩踏み出すのにも躊躇する。
立っている場所が断崖絶壁だったら踏み出した途端さよならだ。
灯りがほしいな、そう思った途端少し先に炎が現れた。木枠で囲った、ああ、あれだ。キャンプファイヤーだ。
赤々と燃える炎が足元を照らしてくれたお陰で、自分が平らな上に立っていると気付いて安堵する。とりあえず炎のそばに寄る事にした。
しゃがみこんでから自分がひどく落ち着いていること気付いて苦笑した。
血盟城にあてがわれた部屋の大きなベッドで休んでいたはずだった。キャンプなんか来てもいないし、第一、寝巻きだ。ヴォルフからプレゼントしてもらったネグリジェ。
恥ずかしいけど好意を無にするのもどうかと思って、たまーに着てる。
夢遊病だとしても警備の目をすり抜けて城を抜け出すことは容易ではないはず。番犬だっているんだし。
「…あ、出てるんだっけ」
口うるさい番犬は女装趣味の友人と呑みに出かけたと思い出す。それからどのくらい時間が経ったのか分からないが、とち狂ってなきゃいいけど。うん、狂犬注意。
しかし寂しいな。揺らめく炎を見つめながらぼんやりする。せっかくのキャンプファイヤーなのに一人ってどうよ?
そう思った途端に騒がしくなる。
目の前にはコッヒーの集団がダンスをしていた。頭の上をクマハチが「ノギス」と飛び回る。地響きがして砂熊が顔を出した。
あっけにとられる間もなく輪の中に引きずり込まれ、踊らされる。
「待って待って。何処から来たの?」
その問に答えるものはいない。
軽快な音楽がいつからか流れ出していて、そんなことどうでもいいだろ?っていってるようだ。
可愛いクマハチと手を繋ぎ、ぐるぐる回る。楽しくて楽しくて声を上げて笑った、
その途端ぱっとすべてが消えてしまった。
気付いたら一人だった。振り出しに戻ったように闇しかなくて今度は途方に暮れた。さっきまでが楽しかったから余計に不安になった。
夢、だったのだろうか?というかどこからどこまでが夢なんだろう?わからない。
どん、と火山が爆発したような音が響いた。でも灯りがない。さっきみたいに願っても照らすものは出てこない。
目を凝らして、耳をすまして周囲から情報を得ようとした。
ぞわっと背筋に寒気が走る。正面に何かの気配。身を引こうとしたけど間に合わなかった。
「んぎゃ!?」
何かが圧し掛かってきて倒された。耐え切れない重みじゃないけど動けない。
「なに?なんなの!?」
もがいてももがいても逃れられない。こんな時に番犬は何やってんだ!上機嫌なヤツの顔を浮かべてキレた。
「コンラッドの役立たずー!!」
「え?」
ごちん!
どうにか動く首を前に突き出すと固いものに当たる。目の奥がチカチカして涙が出た。
「うー…」
「大丈夫ですか!?」
聞きなれた声にぎゅっと閉じていた目を片目だけ開くと、そこにはコンラッドがいた。ってか、えらい近い。
「な?あれ?」
コンラッドの後ろには見慣れた天井。血盟城の自分の部屋。
「なんで?」
「それは俺が聞きたいんですが」
薄く吐いた溜息からはアルコールの匂いがした。
「赤くなってますよ。冷やさないと」
ゆっくりあたしの上から退き、ベッドから下りた彼はタオルを手に戻ってきた。
「痛い」
「我慢です」
額に当てられたそれはひんやりとして、熱持った部分には心地よい。
「急に笑い出したかと思ったら怒り出すし。一体どんな夢をみていたんですか?」
「え?えーと…」
「頭突きなんて誰を相手にしてたんですか?」
半分以上あんただよ、とは言えなかった。
「せっかく気分が盛り上がってきたところだったのに」
「なんの?」
「いいんです。寝込みを襲おうとした俺が悪いんです」
はた、と自分に目をやると寝巻きは捲りあげられていた。
「今度はうまくやりますね」
「やらんでいい!」
枕を投げつけるがコンラッドは簡単に受け止めてしまう。そして枕片手にベッドの端に座り少し首を傾げて言った。
「元気そうで良かった」
「は?」
「笑ったり怒ったりする前に悲しいことでもあったのかと」
そっと目元に触れた。
「夢で?それとも何かあった?」
番犬は僅かに狂犬へと変化しつつある。何かに喧嘩を売るつもり、というか売るな。きっと。
「俺のを泣かせるなんていい度胸してると思いませんか?余程命が惜しくないらしい」
「夢だよ」
「たとえ夢でも」
そのままゆっくりと近付いて、銀を散らしたその瞳に映るあたしが大きくなる。
「あなたを泣かせるものがあってはならないんだ」
唇が触れる間際にコンラッドが囁く。
「俺以外は」
「…勝手ね」
あたしを見つめる瞳が笑った。